VUURROOD
無断で外泊する様な弟ではないと信じている。エディがどこかに行く時は必ずメールにでも一文いれるし、あの時の会話だっていたって普通だった。
(一体どこ行ったんだ…)
エディが四日間も家出をする理由がいくら考えても見つからないのだ。だからジェフリーの頭には「誘拐」の単語が犇めいている。
四日前の昼間にエディは買い物に出かけた。夜中になっても帰ってこなかったため探しに出たが見つからず、何度もメールや電話で連絡をいれたが無反応だった。
手当たり次第にエディの友人にも電話をしてみた。あまり心配をかけさせないように手短に。だがこれといった手がかりもなく、警察をあてにしたが返ってきたのはエディの物だと思われる指輪とへし折られた携帯電話。いや、間違えるはずがない。あの指輪はジェフリーが誕生日に贈った物なのだから。
「…はぁ…」
一向に鳴らない電話。待っているのは警察からの連絡だった。こちらからかけない限り連絡に応じない、本当に捜査をしているのだろうかと怒りすら込み上げてくる。
しかしこないのも無理はないのだろう。巷では似たような誘拐事件や殺人事件が急増している。こんな田舎町に配属されている警察なんてたかが知れていた。
「……エディ…」
最悪の情景を想像すると居ても立っても居られない。この波は昨日も押し寄せて、無意味に町の中を駆けまわったが体力が削れただけだった。
「生きててくれよ…」
半ば、泣きごとのように虚空に呟いた。エディの指輪をジェフリーは握り締める。血がにじむほど強く。
「あ~ららら。ジェフリー大丈夫~?結構重症な感じぃ?」
窓から気だるげな声が聞こえてきた。見ると、ウィッチのベルガランが窓から半身を乗り出していた。
「…なんだよベル…こっちは苛々してんだよ…。」
「睡眠不足もあるんじゃないのぉ?すっごい隈ついてるよ~」
部屋の中に入ってきたベルはジェフリーの前髪をあげるとその目元を撫でて言う。エディが居なくなっている事は彼も知っている。なのに呑気そうなその声に苛立ちを覚えたのか、ジェフリーはその手を払いのけた。
「用がないなら帰れ。」
ジェフリーはソファーから立ちあがるとジャケットを羽織る。
「どっか行くの~?」
「エディ探しに行くに決まってんだろ…」
「どっかあてでもあるの~?」
「ねぇよ。あるわけねぇだろ。…ったく何なんだよお前!」
声を荒げたジェフリーの前に、ベルは紙を差し出した。汚い字が並んでいる。
「俺ってば物忘れ激しいでしょぉ~…これでも集めた情報メモして紙にまとめたんだよぉ~」
「…情報って…」
「エディがさ、オークションにかけられてたらしいんだよねぇ…」
さっきまでの気だるそうな声は消え、真面目な顔つきでベルは言った。その言葉にジェフリーは紙を強引に取ると目を通した。
『4/25 証言者アーロニー:俺の友人の悪魔。アーロ二―の知り合いフェビルが裏オークションで金髪のインキュバスがせりにかけられてたと言っていた。フェビルの連絡先などは不明。
4/25 証言者キャエミー:フェビルの場所を知らないか聞いてみた娼婦。彼は酒場『ステラナイト』でよく見かけると言っていた。
4/27 酒場『ステラナイト』でフェビル発見。話を聞くと彼は度々そのオークションに客として出るらしいが買い物はしたことがないらしい。三日前に金髪のインキュバスがそのオークションに出されてたと言った。 』
「四月二十七日…今日の三日前って…エディがいなくなった…」
ジェフリーは続きを読む
『エディの写真を見せると同一人物だとフェビルが言った。エディがどうなったか聞くと白衣を着た人物が競り落としたらしい。その人物が誰なのかは不明。』
下には雑に描かれた地図らしきものが描かれていた。どうやらそのオークション会場らしい。
「俺もエディの事は心配してるしさぁ~、普段探し物手伝ってくれてるし、俺も探すの手伝いたいなって思ってねぇ」
「ベル……その、さっきは悪かっ…」
「エディともっかい乱パいきたいし~。死んじゃったら行けないしね~。」
ジェフリーがベルの腹に拳をめり込ませるのも無理はなかった。
ジェフリーはベルと二人でそのオークション会場とやらに足を運んだが、都合良くまた開催しているわけもなく、暗く静まり返ったステージがただあるだけだった。
「クソ…っクソッ!!」
何か手がかりがあるのではないかと期待した分、落胆は大きかった。弟が物のように扱われていたなんて、考えるだけで腹が煮え繰り返るほどだ。
「これ以上ここに居ても仕方ないかもね〜」
「なぁ、お前何か知らねぇのかよ…!そのフェビルって奴に会ったんだろ!?」
「紙に書いてあるのが全部だよー。フェビルもオークションの主催者とか関係者が誰だとか知らないって言ってたし…そもそもそのオークション全員顔隠してほとんどが偽名らしいしぃ…」
「っ…クソがッ!!」
ジェフリーは壁を殴りつける。それで怒りや焦りが治まるはずはなく、ただ手が痛むだけだった。
「…とりあえず落ち着きなよぉ。見えるものも見えなくなるよ。」
「……」
ベルの言葉にジェフリーは深く息を吸い、吐き出す。
「…悪いなベル…お前が集めてくれた情報、大事にするよ…」
ジェフリーはベルに顔を背けたまま、その会場から覚束ない足取りで去った。
(闇オークション…その関係者や参加者を見つけ出すのは骨が折れる…偽名で素顔が分からないんじゃ、どうすることも…)
唯一の手がかりは、エディを連れて行った人物が白衣を着ていたということだけだった。
(なんで白衣を…?医者か、研究者か…?…いや、それじゃあからさまに自己アピールしてるだけだな…)
自分の素性を隠すのが当たり前になっているその会場で、一発で職がバレるような物を羽織るのはおかしい…白衣に意味はないのかもしれないと、ジェフリーは頭を悩ませる。
「頭が働かねぇ…なんでこんなにイライラするんだ…」
ベルのあの言葉で、冷静さを取り戻しているはずなのに胸や腹の中に渦が巻いているような違和感が常にある。それだけエディの事が心配なのだと思ったが…
「……血…」
最後にエディの血を飲んだのがいつだったか…そこでジェフリーは、あることに気づいてしまう。
自分がこんなにも焦ってエディを探しているのは…
「違う…違う、違う!!」
声を荒げ、自分自身の腹に爪を立てた。
頭の中に浮上した疑惑は、段々と膨れ上がっていく。
自分は弟を探しているんじゃなく
餌を探しているのではないかと
***
「ゲホッ!ゲホッ!お゛ぇえ…ッ」
シンクやテーブル、床は血液でべっとりと汚れていた。側から見れば殺人現場とも思える悲惨な光景だ。
その光景を作り上げているのはシンクで嗚咽を漏らしながら胃の中のものを吐き出しているジェフリー。彼は帰る途中でありったけの種類の血液パックを購入し、それを一つずつ飲んでいた。
「ち…くしょ…っ」
ズルズルとその場に座り込む。獣人種の血や亜人種の血、色々なものを試したが全て舌が拒絶している。なんとか我慢して喉を通ったかと思えば、胃の中からいつまでも悪臭が漂ってくるような不快感が押し寄せ、その度に逆流してしまう。
「…血…、…血…」
自分の中にある疑惑を消し去りたい。その度に他のパックを掴んでは口に流し込む。
「ぐ…ッゴホッゲホッ!」
耐えきれず、床に吐き出した。
「…エディぃ…」
ジェフリーは血だまりの中で呟く。
弟が心配でたまらないのに、なにもできない無力さ。
弟の血しか飲めず、その「心配」が愛情からか食欲からか最早判断がつかない情けなさ。
頭の中では愛情からだと思いつつも、体はエディの血を求めている。
「俺…何やってんだか…」
自分を嘲ることしかできなかった。